今回は山田風太郎さんの時代小説『甲賀忍法帖』とそれをせがわまさきさんが漫画化した『バジリスク~甲賀忍法帖』を紹介していきたいと思います!
バジリスク~甲賀忍法帖~(1) (ヤングマガジンコミックス)
『バジリスク~甲賀忍法帖』といえば漫画だけではなくアニメやパチンコでも人気の作品で、OP主題歌が東京ヤクルトスワローズの応援歌に使われていたり「バジリスクタイム」としてTwitterで流行したりと名前は知っているという人も多いのではないでしょうか。
何を隠そう私も山田風太郎さんの作品が大好きで、せがわまさきさんの描かれた漫画も何度も読み返しています。今回はまだ作品を読んだことのない人向けにネタバレをなるべく控え、その魅力をたっぷりとお届けできたらと考えています。
また山田風太郎さんは忍法帖シリーズ、明治物、ミステリーなど多くの作品を残していますが、今回は忍法帖シリーズに限ってお話ししたいと思います。『バジリスク~甲賀忍法帖』に関しては漫画と原作を比較するためアニメでの描写は考えずに紹介していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
そもそも忍法帖シリーズって?
山田風太郎さんが手がけた忍法時代小説のことを忍法帖シリーズと言います。『甲賀忍法帖』から始まるこのシリーズは長編も短編も多く、そのどの作品もこれまで読者を魅了してきました。
忍法帖シリーズの魅力はいったい何なのか。まず挙げられるのは登場する忍者、忍法がみな奇想天外で想像を絶するようなものばかりであること。しかもそれが医学に基づいた解説付き(山田風太郎さんは医大出身)で楽しめる点です。忍法帖シリーズには多くの忍者が登場しますが彼らはときに肉体を変化させ、ときに自らの命を引き換えに摩訶不思議な忍法を使って相手を倒し、使命を果たそうとします。知恵を駆使した情報戦、手に汗握るような展開で繰り広げられる忍法バトルにはワクワクが止まりません。また、そのスリル満点の忍法バトルは後の少年漫画のバトルシーンにも大きな影響を与えたと言われています。
史実を踏まえた作品であることも忍法帖シリーズの魅力の一つです。奇想天外な忍法や忍者は登場しますが、事の発端となる事件や時代背景は史実に基づいたもので、その裏で暗躍する組織や権力者たちの思惑が描かれています。歴史書に書かれていない史実の空白部分を利用し膨らませることで読み応えがあり歴史好きも楽しめる作品になっています。
そのほかにも作者の戦争観、死生観が投影されていることなど魅力はたくさんあるのですが、今回は特に重要な上記二つを主に挙げておきたいと思います。
また『くノ一忍法帖』がVシネマで映像化されでヒットしたことから忍法帖=エロティックなイメージを持つ方もいます。もちろんそれは忍法帖シリーズの魅力の1つではあるのですが、決してそれだけではないことを皆さんにも知っていただければと思います。
『甲賀忍法帖』
あらすじ 大坂冬の陣直前の徳川幕府では第3代将軍をめぐって兄・竹千代派と次男・国千代派による派閥争いが起きていた。頭を悩ませた家康は長年いがみ合う甲賀・伊賀の先鋭忍者10人ずつを争わせ、その結果により将軍を決めることとした。両家にまたがる恋も巻き込み幕府の行く末を決める戦いの火ぶたが切って落とされた。 |
忍法帖シリーズの第1作目の『甲賀忍法帖』。前述の忍法帖シリーズの魅力がすべて盛り込まれているのはもちろんですが、この作品の1番おもしろさは悲恋の物語にあると思います。
作品の主人公で甲賀頭領の孫である甲賀弦之介は伊賀頭領の孫娘である朧と恋人関係にありました。長年争い続けている両一族の頭領の孫が結ばれることは甲賀と伊賀の和平を意味し、それは争いを好まない二人の願いでもありました。しかし両一族の中には二人の祝言を決して良しとせず、服部家との約定(服部半蔵が仲立ちした甲賀と伊賀の不戦約定)がなければすぐにでも相手一族を根絶やしにしたいと思う者も多くいます。そして祝言が近づく中、徳川家康のもと約定は解かれ二人は敵味方に分かれて争いに巻き込まれていくのです。
結ばれる日を目前にしながら一族の呪いに飲み込まれていく2人の姿は自然と読者の私たちにも残虐な運命を嘆かせます。
このような敵対する一族の者同士で愛し合い、そしてその対立に巻き込まれて行ってしまうという展開から『甲賀忍法帖』は日本版ロミオとジュリエットと呼ばれることもあります。実際、2章のタイトルは「甲賀ロミオと伊賀ジュリエット」となっており作者自身も弦之介と朧の悲恋とロミオとジュリエットの悲恋を重ねていたのでしょう。
また第3代将軍を決める派閥争いは実際の出来事であるため徳川家の跡継ぎ問題、甲賀伊賀の勝者などは徳川家光の幼名を知っていればわかってしまうかもしれません。
しかしそこに弦之介と朧の恋をはじめとする一族の物語が加わることで、引き裂かれた二人が立場と恋の狭間でどのような選択をするのか、甲賀と伊賀の戦いはどのように決着するのかと最後まで目が離せない作品に仕上がっています。そしてそのラストの衝撃は読んだ人の心をつかんで離さなくなるほどです。
『バジリスク~甲賀忍法帖』
奇想天外痛快無比!山田風太郎の代表作『甲賀忍法帖』を待望の漫画化、まったく新しく生まれ変わった、それが『バジリスク』!
江戸の世、天下人・徳川家康は甲賀と伊賀という忍法の二大宗家を相争わせ、十人対十人の忍法殺戮合戦の結果どちらが生き残るかによって、三代将軍の世継ぎ問題を解決させることにした。だが憎み合う両家にあってそれぞれの跡取り、甲賀弦之介(げんのすけ)と伊賀の朧(おぼろ)は深く愛し合っていた。そして――!
山田風太郎さんの『甲賀忍法帖』が医学の知識や史実に基づき説得力を持って楽しめる作品だったのに対し、せがわまさきさんの『バジリスク~甲賀忍法帖』はより直感的に物語を楽しめる作品になっていると思います。
医学や史実の説明は必要最低限のもの以外書かれず、奇想天外な忍法の異様さ、恐ろしさを視覚で認識できるので目まぐるしく動く戦況をスピーディーに体感することができます。
特に素晴らしいのは「瞳」の表現です。
弦之介は彼に害意を向ける者が彼の瞳を見ると忘我のうちに味方や自分を攻撃してしまう「瞳術」を使い、朧は相手の忍法を紙のごとく破ってしまう「破幻の瞳」を持っています。
『バジリスク~甲賀忍法帖』で弦之介が初めて瞳術を使ったシーンは読んでいて鳥肌が立ちました。見開きで描かれたその瞳は相手を威圧する迫力、緊張感、そしてその奥にある悲しみの全てが詰まっていて、強烈に印象に残りました。
また朧の瞳も様々な場面によって悲しみ、優しさ、弦之介のことを想う気持ちが表現されており、読んでいて引き込まれます。
このような瞳での表現というのは漫画ならではのものであり、文字はなくとも読者に多くのものを伝える素晴らしいものだと思いました。
また、『バジリスク~甲賀忍法帖』はほぼ忠実に原作が漫画化されているのですが、ところどころ展開が違います。細かい内容はネタバレになってしまうので言及しませんが、その多くが「漫画であればこっちのほうがわかりやすい、おもしろい」と思わせるような変化であり、原作ファンとしてもその違い、変化を楽しみながら漫画を読むことができました。
以上、『甲賀忍法帖』と『バジリスク~甲賀忍法帖』の紹介でした!
山田風太郎ファンとしてはもっとたくさん語りたいこともあるのですが、今回は未読の方向けの紹介なのでそれはまた別の機会にしたいと思います。
また、せがわまさきさんは『バジリスク~甲賀忍法帖』だけではなく『柳生忍法帖』を原作とした『Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖~』、『魔界転生』を原作とした『十 ~忍法魔界転生~』、そして短編を原作とした『山風短』と山田風太郎作品をいくつも漫画化しています。
『バジリスク~甲賀忍法帖』を読んでおもしろかったという人はぜひこちらの作品もチェックしてみてください!